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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)905号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人渋谷武人、同横山敬教の上告理由は添付の別紙記載のとおりである。

上告理由第一点について。

論旨は、原判決が、昭和二二年法律第二四〇号農地調整法改正法附則三条三項によつて、市町村農地委員会がした裁定は、後に変更することができないものとし、裁定を申請して棄却された者は再度裁定の申請をすることができないとしたのは法律の解釈を誤つたものと主張するのである。

行政処分を行つた後、処分行政庁がさきの行政処分を取り消し、これと異つた行政処分をすることは、常に必ずしも違法とは言えないけれども、前記附則三条三項による裁定は、農地所有者と昭和二〇年一一月二三日現在の賃借人との間の賃借権回復のための協議が調わなかつた場合等に、賃借人の申請に基づいて市町村農地委員会が行うものであつて、両者の間の賃借権回復に関する争を解決するための行政処分である。右裁定によつて両者間の私法上の権利関係が定まるわけであるから、このような行政処分に関しては、法律関係の安定の要求から言つても、市町村農地委員会としては、一度した裁定を取り消して違つた裁定をすることはゆるされないものと解するを相当とする。

本件の場合について原判決の確定するところによれば、訴外小笠原は、村農地委員会に前記裁定の申請をして棄却され、再び裁定の申請をしたのである。通常の行政処分に関しては、ひとたび申請が斥けられても、再び申請をすることは必ずしもゆるされないわけではなく、ことに、その後の事情の変更によつて、再び同じ処分を申請することがゆるされなければならないのは当然であるが、前記附則三条三項による裁定の申請は、昭和二〇年一一月二三日現在の賃借権を根拠とするものであるから、申請事由の有無について、通常、その後の事情の変更は考えられず、本件の場合も、かかる事情の変更を理由として再申請をしたものでないことは原判決の確定するところである。原判決が訴外小笠原は再び裁定申請をすることができないとしたのは正当であつて、若し本件のように、ひとたび裁定をもつて、同人の賃借権回復の裁定申請が理由のないものとして斥けられた後も、何度でも裁定を申請することができるものとすれば、右三条三項が、裁定申請の期間を承認の日から二箇月に限つた趣旨に反するのみならず、農地所有者の農地を自作する権利は永く安定を欠く結果となるであろう。右小笠原が若し第一次裁定に不服であれば、適法な訴願、訴訟をもつて争うべく、再度の申請をしたことは救済を求める手続を誤つたものと言わなければならない。同人は第一次裁定に対し上告人に訴願はしているけれども、右訴願が不適法であつたことは、昭和二四年一月一〇日の青森地方裁判所の判決によつて確定しているところである。論旨は理由がない。

同第二について。

論旨は、訴外小笠原の第一次の裁定申請は、先行手続たる協議を経ていないから無効であると主張するのである。

若し所論のように、協議を行わないで裁定を申請し、村農地委員会がその申請に基づいて裁定をしたならば、その裁定が違法であることは言うまでもないが、第一次の裁定で、村農地委員会が、訴外小笠原の申請を受理し、実質について審査し理由なしとして棄却したのは、右の協議が行われたことを前提としているものと解すべく、かりに協議の存否についての右委員会の判断に誤りがあつても、そのために右裁定が法律上当然に無効であるとは考えられない。(上告人が第一次の訴願裁決で訴外小笠原の申請を容れるべきものとしたのも、協議の行われたことを認めたものと言うべきである。)論旨は理由がない。

以上説明のとおり論旨はすべて理由がないから、本件上告を棄却することとし、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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